「さよならニッポン」絵描きの饒舌記
絵描きの雑記帖です。
ときどきのぞいてね。
| ■ この一年 |
| Date: 2003年08月12日 |
久々の雑文。
下を読んでもらえればわかるように、実に一年以上ぶりの日記になる。
充電期間に入ってから、色々と皆様に励ましのお言葉をいただいたりして、
随分恐縮でありました。
今後ともよろしくお願いいたします。
昨年8月にカートをクローズしてから、
一体ナニをしていたのかと、興味を持たれる方も多いと思うけれども(単に自分が言いたいだけ)、
まあ色々と、身体精神の回復を考えてジミに日々を送っておりました。
この雑文日記を書く暇は、あったにはあったのだけれども、
正直、あまり書くべき内容が無かったので、全く手を着けなかった、
というのが真相だった。
「書くべき内容」なんていうと、この気楽な(無意味な)雑文中で、
僕がいつも、とっても含蓄ある文章を掲げているみたいに聞こえてしまうので、言い換えると、
「読んだヒトがあまり良い心持ちにならないような内容の文しか書けなかった」というのが、とっても親切な表現になる。
僕は仕事とは無関係に、個人的な調べ物で、インターネットを良く使うけれども、
そのたび感じるのに、
「ネットには、他者をキモチワルクさせるような文章が実に多いんだなあ」
というのがある。
掲示板、日記にはじまって、自称レビューとか評論、エッセイの類まで、
ともかくありとあらゆる体裁の文章がネットにあふれてるけれど、
その中の一部が(というか割と多くが)オフラインでは決して見ることが無いような、毒々しいネガティヴな感情とかを、
強い口調で述べ立てていたりする。
もちろん、ネットを使ってそういうコトをするのは、露骨な名誉毀損レベルの物を除けば個人の自由だし、
割と(かなり?)大雑把な性格の僕からして、誰かから
「そんなこと言って、お前自身がネガティヴなことを書いているではナイカ」
と訴えられれば、
「イエイエ今まで全くそういうことを、毛ほども感じさせないモノしか世に出しておりませんです」
などとは、やっぱり言い切れない。
だけれど基本的には、僕のネットでの振る舞いの姿勢として、
「自分の不快感への共感を、他者に求めない」というのがあるワケです。
自分が望まないことを、他人にすることは、どう考えてもやっぱり、楽しくないから。
というわけで、何やらいつものごとく回り道したけど、要するに、この一年、色々大変で暗めであって、
そのため、何にも書きませんでした・・・ということでした。
以上!
・・・などとシメてどうする!
(↑スミマセン。もうこのボケ方止めます^^;)
というわけだったけど、まあ前向きな話中心に、振り返りつつ
(結局自分がそうしたい)書いていきまっす。
えーとですね、ともかくカラダがやたらに不調だったんで、
2002年の8月に、一旦カートを閉めました。
で、その後9月までは、残った発送分を地道に作って、
9月からは、仕事の目的でない絵を描いたり、引っ越しの準備をしてました。
で、その後に引っ越して、杉並区に戻ってきました。
杉並に戻ってからも、体調がすぐには戻らなかったので、
ずっとリハビリを兼ねて、絵を描いたり、カートオープンに向けて、チマチマと作業をしてました。
今年(2003年)4月からは、以前に止めたタバコに続き、
酒も一切止めてしまって、清々しい脳(そうか?)で日々を送っています。
引っ越ししたワケは、色々ある。
だけれども、上京してから長いこと住んだ、杉並が懐かしくなってしまったことが、
多分一番大きかったんじゃないかと思う。
思い出すと、3年前に杉並から出て、国立に行くときは、かなり辛かった。
国立市というところは、とても綺麗で、駅舎もゆかりあるもので、
町並みも(多分東京でトップクラスに)整然としていたけれども、
高円寺とかのゴチャゴチャした猥雑さが好きだった僕には、イマイチしっくりしないところだった。
国立市に生まれ育った方々には、比較的愛郷心が強い方が多いようなので、
念のため断っておくけれども、僕は、国立市が良くないとは、全く言うつもりはない。
どう考えても平均的とは言えない感覚で日々を過ごしている僕にとって、国立市というところは、あまり合ったところではなかった・・・ということなのです。
(こういうことは、ほんとうに個人的な趣味の問題だと思う)
まあ、そんなわけで、2年住んだだけで、結局元の杉並に戻ってきてしまった。
で、皆さんご存じかもしれないけれど、今は西荻に住んでる。
先日、個人運営の西荻情報サイトを見てたら、「老人大国西荻」とか書いてあって、思わず笑ってしまった。
まあ老人が多いかどうかは、良くわからないけれども、
確かに西荻は、場所(駅の位置)や、商店の多さの割には、静かな町だと思う。
最近改築続きで、中央線沿線では少なくなってしまった、昔ながらの町の小さな生活雑貨店とかが多い一方で、
多分割と最近できたと思われるエコロジカルな食材店や、マニアックな小物屋、古着屋、アンティークショップ、洋食屋とかが、ゴチャゴチャと並んでいる。
こう書くと、何だかミスマッチみたいだけど、狙ってやっているのか、それとも西荻という町のオーラがそうさせるのか(←そんなわけネエ)、
どの店も、外観も内装も、商材までも、全体的に褪せた感じの色合いで、あんまり浮いた感じがしない。謎だ。何やらはっぴいえんどの歌詞の世界を思い出してしまう。
「散歩の達人」の中央線特集号には、
西荻のそういう店は、「凄いことやってます」みたいなアザトい自己主張も無く、ほんとうに何気に、フツーの店同様に並んでいる〜と書いてあったけれども、
確かにその通りだと思う。
こういう町は、ちょっと今まで住んだことが無かった。
まあ、そんなわけで、結構気に入って、西荻暮らしをしてる。
それから、休業中には、良く絵を描いた。
こうやって書くと、何だかそれまであんまり絵を描いてなかったみたいに聞こえるけれども、
そんなことは当然なくて、CGでないスケッチ自体は、沢山描いていた。
点数から言えば、むしろそれより以前の方が沢山書いてたんじゃないだろうか。
この一年間やってたのは、要するに「割と美術的なデッサン」ということになる。
正直に言うと、それ以前は、自分の描画力の問題で、
「頭に浮かんだ描きたい絵」と、「実際にできたデザイン」との間で、
結構大きい差があることがあった。
で、やっぱりそういうテクニックの縛りは、
描くときに邪魔だったり不自由だったりするので、
できるだけ無くしたかった。
だから、ジミなデッサンとか、クロッキーばっかりしてた。
それから、いい加減CGのタッチにも飽きてたんで、
パステルとかアクリルとかの、アナログ画材も、実に久々にやり始めた。
春に出したデザインは、そういう練習(?)の副産物で、2点ともパステルを使った、
美術用語で言うところの、「混合技法」になってる。
「猫日和」なんて、売場に並べるときは、ああいうホノボノ路線が、この強烈なデザイン・ラインナップの中で、一体売れるモンなんでしょうか? と、思ってたけれども、
フタを開けてみれば、この前の予約では堂々の一番人気だった。
「金魚」出したころからそうだけど、どのデザインが売れるかというのは、まだまだ僕には上手く予想できないみたいだ。
まあ多分、僕が会社組織の中でやってるとしたら、売れるはずだったデザインとかも、上司の判断で勝手にボツにされたりするのかもしれない。
そういう意味では、自分勝手にできる、この業態は割と僕に向いてるのかも。
・・・と、いつも通り、ダラダラと書いてるこの雑文もいい加減長くなってきたから、そろそろ終わりにしようかと思うけれど、
最後に、皆さんにご心配いただいた、僕の体調について、書いておこうかと。
いや正直、一年前は、仕事を縫っての病院通いが日課となってしまっていた。まぁ現在もなんですけど。昨年は何回血をとられたかわからない(←血液検査のことです)。
血液中の抗体検査では、ストレス値の高さが通常人の約4倍、と言われた。
寝る度にワケのわからない化け物に追いかけられる悪夢をみて、
寝汗びっしょりで目を覚ましたり、毎日のように急に気持ち悪くなって吐いたり、
毎夜喘息の発作を起こしたり、いきなりドーと涙が流れ出て来たり(自分でも原因は不明)等々、
最悪の累積疲労の日々を送ってた。
仕事を止めても、急にそういうのがキレイさっぱり無くなるわけはなくて、
結構何ヶ月もそんな感じの状態が続いてた。
そういうヤバそうな状態が収まってきたんで、割とホッとしてたら、
今度は、耳鳴り、耳の詰まり、めまい、ほてり、ゴリゴリバキバキの首と肩のこりとかが毎日起こるようになった。
一番酷いときは、腕が震えてしまって、鉛筆も握れなかったり(当然絵なんて描けない。キーボードも打てない)。
リラックスしようとしてゲームをしたら、目がまわってぶっ倒れた。
震度6の地震が常時続いているようなめまいのため、壁や柱につかまり、治まるのをよく待っていて(はたから見ると、まるでアホ)何やってるんだろう?と家族にさえ思われていた。テレビでさえ怖くて見られなかった。
こんな感じで、酷すぎて不安になったので、脳神経外科で、CTスキャンとかも受けた。
頭の後の筋肉が緊張しまくってるとも、言われた。
(肩→首→後頭部→耳周り→額みたいに、筋肉はつながっているので、そのラインが凝ると、耳鳴りやめまいが起こるそうな)
で、今はゆっくり身体を動かすように努めて、日々を送ってる。
最近は、耳の詰まりと首と肩のこりも大分減って、めまいや耳鳴りは、大体無くなった。
コリを直すためにも、プールでゆっくり泳いだり、風呂に長めに入ったり、散歩とかをしてるけど、これが結構楽しかったりする。
そんなわけで、この一年くらいと、近況の報告でありました。
今後ともよろしくです。
| ■ 店名変更のワケ |
| Date: 2002年05月 |
えー、このコーナーにしては、やたらにわかりやすいタイトルだけれど、まあ、今回ばかりは良いでしょう。
皆さん多分ご存知だと思いますけど、
今までずっと、1999年秋の開業以来、ずっと通してきた、「おみやげ日本(ニッポン)」という店名を、
今回、2002年5月1日付けで、
「さよならニッポン(日本)」に、変更しました。
トップページの繰り返しだけど、
運営団体は、今まで通りの(資)テクノデリックで、
旧ドメインの“omiyage-nippon.com”は、売り場ページ含め、コンテンツもそのまま保持(同内容)で、新ドメインの“sayonara-jp.com”と、ショッピングカートも共用、
お客様が獲得されたポイントも、そのまま移行。
つまり、“omiyage-nippon.com”は、“sayonara-jp.com”の、ミラーサイトとして、
検索ロボットが大体一巡するまで(来年秋頃まで)、機能することになる。
(要するに、今のところ看板をかけかえただけで、中身はほとんど一緒、ということです)
今まで、うちは何度か、結構大きいリニューアルをしてきたけれど、
今回のは、トップページの体裁もガラリと変えて、おまけに店名まで変えてしまうという、かなり思い切った内容になった(と、思う)。
で、以前からのお客様や、リンクでお世話になっているサイトの皆さんも、
「何でまた店名まで(またこんな大胆なのに)変えちゃったの?」
(確かに・・・唐突でした。スミマセン)
とか、
「『さよなら〜』なんて、お店が終わっちゃうの?」
(いえいえ!終わりません、マダマダこれからです^^;)
とかとか・・・と、思ってらっしゃることでしょう。
まあ、答えは色々あるんだけれども、(オフィシャルなご報告はこちら)
このコーナーでは、割と(いつもみたいに)
くだけた感じで、書いてみます。
えーと、開店当初の最大の目標は、ともかく、
「自分の描いた絵をプリントして、それを何とかして売っていく」
という、モー非常にシンプルなものだった。
正直言って、店を出して、それで自分の絵のTシャツが売れていく・・・
なんてことの保障は、これから開店を目論んでいる方々同様、全く無かった。
業界の大先輩には、
「これからの(和モノの)流行をとらえた、良いコンセプト」
などとおっしゃっていただいたけれども、
特にそういう戦略的な思考は、想像してなかったし、
商品クオリティを確立し、デザインをそろえて、
店(サイト)を組み立てることに、無我夢中・今同様不眠不休で、
コンセプトとか戦略までは、あまり手が回らなかった。
そんな中で、唯一はっきりしていたコンセプト(みたいなもの)は、
(僕はテクノ(YMO)世代で、ともかくヒネクレているので)
「ともかく他の人たちと違うことをやりたい、
自分の着たいようなものを作りたい」
ということと、
「ニッポンという国自体を、一歩引いて、
エキゾチックな、ユーモラスな国として、とらえて表現する」
(よく言えば再評価、悪く言えばアイロニー)
・・・ということだった。
それはつまりどういうことかというと、
「他の人がやっていないようなテーマ(今のニッポン)
のデザインを作って(Tシャツデザインの真骨頂ね^^)」
「実名も住所も髭ヅラの顔も(笑)ドーンと公開して、
とっても“ちゃんとした”作りの店(信頼できるネット通販店)」
として、やっていく・・・
つまり、インターネットっていう立地条件を、最大限に生かして、
とがったことを、気軽な店としてやっていきたい、ということだった。
でまあ、そういう風にしていったせいと、そして運も幸いしたのか、
メディア様にも多数取り上げていただき、
ご注文もたくさんいただいて、ほんとうに幸せで、無我夢中の日々を送ってきた(というか、突っ切ってきた)。
それを受けて、僕も商品制作の間を縫って、色々工夫をして、
ユーモアあるデザインを発表できたと思うし、
結果として代表作に値するようなデザインも、作ることができた。
で、そのうちに、
自分でも気づかなかったようなことがキッカケになって、
クリエーター(エラソーですが、ここでは名乗らせていただきます^^;)
としての僕そのもののココロの内面が、
どんどん作品に出て行くようになってきた。
いきさつは、こういうことです。
何度もウルサク書いているように、多忙さはどんどん加速していった。
で、その間も、何より自分の欲求と、そしてお客様のリクエストもあって、
デザインは、(ペースが遅くなりつつも)発表し続けていったけれど、
おそらく「鎌鼬(かまいたち)」を出したあたりから、僕のデザイン作りのスタイルが、かなり変わっていった。
忙しいということは、デザインを、何とかして、短い時間で、一定のクオリティを保ちつつ、完成しなければいけない・・・ということになる。
そうすると、開店当初にやってたような、ドット単位で色を塗っていったり、
ものすごく細かいベクトル描画や凝った処理をしていく時間が、もう無くなってくる。
で、特に「鎌鼬(かまいたち)」を作ったときは、初めての妖怪モノだったし、
どういう表現にすれば仕上がるか、ホントに散々迷ったこともあって、
それまでとかなり違ったスタイルで、デザインをすることになった。
まず前段階として、
散々資料を集めて、フェレットやイタチの下描(デッサン)を重ねていったけれど、
想像以上にイタチは可愛い動物で、とても妖怪っぽくならない。
で、あるとき、
「結局、大体が実物を模範にするからイケナイのでは?」と思って、
試しに、ペインター(注:直接専用ペンを使って画面に絵を描いていくソフトです)
で、何も資料を見ないで、デフォルメのスタイルも考えず、
無心に(←かっこえー^^;)落描きを描くような気分で、
勢いで描いてみた。
そしたら、何だか今まで一生懸命描いてた秀作デッサンよりも、
ずっとずっと良い出来になってしまったので、
思い切って、ほとんどそれに手を入れずに、商品化してしまった。
結果として、「鎌鼬(かまいたち)」は、発表後すぐに注文が殺到して、
以来、うちの最大のヒット商品になり、今もランキング上位をキープしてる。
ほとんど作為(売れようと思って作ること)ナシに作ったものが、
良い出来になってしまったのと、完成の充実感が影響して、
それから僕は、デザインのしかた(作業工程)を、ガラリと変えた。
デザインの制作工程で説明すると、
それまでは、
1.良いアイディアを思いついたら、走り書きの文で、メモをとっておく
2.時間ができたら、PCに向かって、ちまちまと(機械作業)バランスとか
考えながら、輪郭とって、素材を配置して、効果かけて、デザイン化していく・・・
というのだったのが、その後は、
1.食事中だろうが、酔っ払ってようが、ともかく、性欲みたいに勢いで(笑)、
そこら辺にあるチラシとかの裏に、鉛筆殴り描きで、
直接絵を描いていく
2.それをスキャナでとって、余分なゴミとかノイズを取って、
色をつけて、そのまま発表してしまう。
という、かなりアナログ寄りの(というか、より「絵」的な)作り方に変わった。
実は、「鎌鼬(かまいたち)」以降のデザインは、ほとんどがこんな感じで
作っている。
「陰陽眼」、「九尾」、「護摩人参」、「葱」、「河童」、「海妖」、
「月兎」、「脳内麻薬」、「餓鬼」、「蕪」・・・
そして最近の「逃げてもいい?」まで、
ほとんどが、そういう簡単なスケッチ画から作ってる。
で、随分長くなったけど、そういう変化で、何が変わったかというと、
「以前よりも、よりはっきり、自分のカラー(タッチ)が出てきた」し、
そして、「もっとスゴイことをやりたい、思い通りにやったものを発表したい」
というような気持ちが、ドンドン出て来るようになってきた。
で、それと同時に、「おみやげ日本」という、コンセプト上での、限界も、
感じるようになってきた。
例えば、そういう勢いで描いたスケッチの中には、
かなり強いインパクトのものや、結構強い“毒”みたいなものを持ったものも、
沢山あるけれど、
それがとっても迫力あるものでも、今までの「おみやげ日本」として、
積み上げて形作ってきた流れの延長で発表するのは、ちょっと(というかかなり)
難しく感じられた。
(実際、描いたスケッチの中で、良いものも、かなりボツにしてきた)
それは、僕自身のエゴだけでなく、
今でも開店当初の作品を、選んでくださるお客様(ありがとうございます!)
にとっても、面食らうことだろうと思うし、
そもそもが「ニッポン自体を、一歩引いて、観察して、ユーモラスにデザインする」
という、開店のころに打ち立てた路線と、かなり違ってきてしまう。
そんなわけで、色々と考えた結果、
「このまま、無理をして、作品自体の勢いにブレーキをかけるよりも、
一旦、店名変更も含めた、大きなリニューアルをして、
店、そして僕の進む方向を、より自然なものに変えた方が良いのではないか」
と、思うようになった。
そんなわけで、5月1日をもって、店名を、よりアナーキーに、
「さよならニッポン」と変えた。
これは、決して、今までの「おみやげ日本(ニッポン)」でやってきたことを、
否定したり、放り出したりするわけじゃないけれど、
ともかく、リセットまではいかないけれど、
より「自由な」方向へ、僕=田村の、これからの目標がシフトした、
と、考えてもらえれば、幸いです。
そういう意味でいうと実は、4月に発表の、「逃げてもいい?」は、
何というか前哨戦、というか、「さよならニッポン」への、予告編のような内容だと思う。
僕は注文の大波にも、多忙にも、誤解からも逃げないで次のステージに進むつもりでいる。
(↑わ、我ながら何かカッコイイですな^^)
そんなわけで、とりあえず今回の店名変更は第一歩。
秋からは、また新しいプロジェクトで、Tシャツだけに拘らない、
色んなモノを見せて、販売していきたいと思っている。
えーと、今回はジツにカッコつけなことばっか書いたけれど、
長い長〜いこの雑文を読んでくださった方、ホントにありがとうございます。
それでもって、「さよならニッポン」と田村を、今後ともよろしくお願いいたします。
2002年5月 田村義嗣
| ■ 華麗なる食卓 |
| Date: 2002年03月05日 (火) |
そういや、この雑文集では、昔やってた貧乏旅行(海外放浪とも言う)のこととか、あまり触れて無かった。
僕がインターネットを始めたのは多分、'97年ごろだったと思うけれど、その頃のHPのコンテンツでは・・・
1.自分のペット(僕は動物好きだが仕事柄飼えないので、うらやましい)
2.自作イラストの展示(大体はアニメorゲームのキャラ絵)
3.HPの作り方指南(これは今も素材集とかで、盛ん)
4.HPで儲ける方法(2002年の今となっては、病的な几帳面さがないと無理)
5.アニメ、漫画、芸能人等のファンページ(これが一番多いかも。当然か)
6.旅行体験談(パックツアーから貧乏旅行まで様々)
・・・等々が、割と多かったように憶えてる。
で、最近はさすがに色々と分散して、色々と凝った趣味のページとか、それからうちみたいなネットショップがかなり増えたような感じがある。
(もちろん、旅行関係のページとかWEBリングも着実に増えてますな)
で、旅行関係のことだけど、以前バンドやってた時のメンバー
(もちろん彼らは海外貧乏旅行なんかしない)もそうだし、昔の僕も今の僕も、
正直言って、他人の旅行談を聞かせられるのは、あまり楽しくはない。
(要するに、そんなに珍しい体験なんて、そうそうあるもんじゃないし、逆にあったらあったで非常にヤバイことなのかもしれない・・・)
まあそういう感じで、ここは店でもあるし、銀座のバーテンダーが聞かれもしない客に向かって、
延々と「自分のキャラ萌え」について話さないように、
このコーナーでも、あんまり突っ込んだ自分のシュミについて、書かないようにしてきた。
だからして、音楽や映画や本の感想文ものっけていないというワケ。
しかしまあ、最近ではそういう僕のマジメ(←どこがだ)な脳回路も大分鷹揚になってきて、
「えーかげん、そういうのもOKでいいのではあ〜キラクに行きましょうよ〜」などと思うようになってきた。
そういうわけで、このコーナーが退屈に思えたら、大変スミマセンなのだが、
まあ、自分でも書いてて退屈しないような内容でやるので、ヨロシクおつきあいお願いしたいのです。
では、旅行ネタその1として、キアイを入れて、
「あのとき、あの味はマズかった」
を書こうと思う(↑エゲツナイが、これなら自分も退屈しない)。
まあ大体、「上手い料理」とかいうのは、ガイドとかにも載ってるし、割とカネを出せば、世界どこででも(一部例外アリ)手に入る。
僕は普通なヒトなので、当然マズイ料理よりも美味しい料理が好きなので、
当然マズイ料理に遭遇することを極力避けまくって生きている。
だけど、まあそこは知らない土地、運命は残酷にも僕に酷い料理を与えることがある。
そんでもって、どういう訳か、
「上手かった料理より、マズかった料理の方が、鮮明に憶えてる」
ことが多い。
とか何とか、例によって前置きが長くなってしまった。では、本題。
【 怪奇!インドネシアの謎のベジタブル・カリー 】
あれは僕の最初の旅行、インドネシアはBという、民俗芸能で有名な島の、Uという村でのことだった(バレバレ)。
カネもなく散歩ばっかしてた僕は、スコールの前触れの、墨みたいな空を見て、
少し軒を借りるつもりで、猿がいる森がある通りの外れの、東屋のような、その村に多い開放的なつくりのカフェに入った。
ウェイターらしい男は、サンダルを引きずりながら僕の席へ歩いてきて、
まあ、例によって南国らしい仕草で、メニューらしきものを置いて、またサンダルの音を響かせながら戻っていった。
メニューには大体、スタンダードな、ナシゴレン(インドネシアのチャーハン。食い飽きてた)とかが並んでたけれど、その中でも一際目立っていたのは、
「Vegetable Curry(ベジタブル・カリー)---○○○rps」
という、「インドネシアにはカレーって有ったっけ?」という僕の好奇心をクスグルやつと、
「Hot Chocolate(ホット・チョコレート)---○○○rps」
という、これはただ単に、安いだけで目を留めたやつだった。
で、結局、今から思うと、とてもとても愚かなことに、僕はそれを注文してしまった。
・・・それでもって、出てきた皿の内容を解説しようと思うけれども、
これがどうもとても形容しにくい。
えーと、まず米の上にゲル状のモノが乗っかってた。
あ、そうそう、そのコメは、何だか3日以上前のメシみたいに、ガチガチに硬い部分が、まばらに点在してて、こう・・・まあ、何というか、非常に食べるのが難しかった。
それで、肝心のゲル様物質(おそらくコレがカリーらしい)は、これまた何とも形容し難い
灰色というか何というかをしていて、
肝心の味の方は・・・・・・・・・・・何だかコゲた炭(注:炭は元々焦げている)のような、
ダマの集合体のような、え〜と、ともかく、
僕の駄文では、到底表現のリミッターを振り切っているシロモノだった。
とりあえず、塩は入っていたかもしれない。。。
構成物は、おそらく野菜・・・らしい。で、タマネギが多分はいってた(かも)。。。
と、ともかく、えらくグチャグチャしてて、素材を判別するのが、モー無理な感じだった。
総合的に、この料理(ホントに?)は、
「とってもマズかった」
ことは確かだったです。ハイ。
じゃ、じゃあ、気を取り直して、「ホット・チョコレート」の方へ行ってみましょう。
こっちは・・・・・・・え〜と、何だか、こう・・・・・・・
「これって、ひょっとして全然砂糖入ってないんスか?」
な感じのシロモノだった。マズイってばよ!
そういや、カカオって、本来ものすごく苦いのは知ってるけど、
大抵の売ってるチョコレートは、もう最初から砂糖が入ってるはず。
南国のヒトは激甘の飲み物が好きだけれど、それでも市場に行けば、
業務用の砂糖抜きのチョコレートがちゃんと売ってるんでしょうか?(←誰か教えて欲しい)
しかしそれにしても、この激苦のホット・チョコレート(メニューの名前を変えて欲しかった)はツラかった。
このときは、水代もケチってたので、カネを払ったからにはと思って、
頑張って(←ムキにならんでよろしい)飲もうとしたけれど、
どうやっても、1/3でギブアップだった。ゲホゲホゲホ。
その後、再訪もあわせて、あの島には2ヶ月くらい滞在したことになるけれど、その後もああいう妙な料理も、それでもって「インドネシアのカレー」自体にも、お目にかかることは無かった。
(豚の丸焼きも食ったし、現地の結婚披露宴に呼んでもらったときは、ホントに色々なものを食べた。みんなおいしかった。)
結局あの「ベジタブル・カリー」は何だったのか?
コックのヒトが気まぐれに試したものなのか??
それとも暑さで僕がイカレてたのか???
ナゾはつきない。
えー、これを読んだ方の中で「自分もそれを食べた」という方や、
「インドネシアにはレッキとしたカレーが存在する」という方は、ぜひご一報下さい。
店主より。
| ■ 健康な日々 |
| Date: 2002年02月09日 (土) |
えー、皆様、デザイナー兼店主の田村義嗣でございます。
無茶苦茶に遅れ馳せながら、新年もよろしくお願いいたしますです。
何やら随分と日記が空いてしまっていたけれども、
そのあいだ何も無い平和極まりない日々を送っていたかというと、そういうわけでもない。
どっちかというと随分と(公私ともに)色々悩んだり、思考したり思考錯誤したり、
プラナリアみたいに外界刺激に反応してたりして、ナカナカに山谷のある生活だった。
・・・しかしまあ気がつけば、この店を開いてから、もう2年以上ですな〜。
(↑話を飛ばしてゴマかしている訳ではありません)
この雑文日記も、振りかえって読んでみると、
ナカナカに紆余曲折の日々だったのが現れてて、これまたナカナカに感慨深い。。。
この長いようで短いようで良くわからない2年ちょいの間に、
色んなインディーズ系のTシャツ屋さんとか、プリント屋さんが出来たり、もうすでにあったりして、
それでもって、ツブれたり変わったり、モー世情そのまんまに、非常に猫の目な感じだったような気がする。
で、当店はと言えば、何故か随分色んなメディアの方々にも取り上げていただいたりして、
更には何が何だかわからないうちにテレビに自分が映ったりして、
それでもって注文を怒涛のようにいただいてアップップな感じになったり、
更には開業相談(電話+メール)までもらったり等々等々ダラダラダラ・・・と、
ともかく生活の激変に、激流の木の葉にしがみつくみたいに暮らした、「あっ」「あっ」 「あっ」「あっ」(←しつこい)という間の2年だった。
で、ちょっと反省モードに入ってみると、やっぱり僕としては特にこう、
えー、何というか、多忙の結果、健康面での積極的な自己管理がこれからはとても重要だなと思うようになった。
それでもって最近は酒量も減らした(つもり)だし、
食事回数は増やして、スタミナUPをはかるべく、
筋力増強のため非常に美味しくないプロテインなんかを飲んだりと、最近はイロイロとしてたりする。
というわけで。
今はシゴト上思うところあって、こういう自主管理もしてるけど、
その昔はケンコー情報は、どっちかというとあまり興味も持たずに日々を送っていた。
理由はというと、
1.例えば母親とかが、TVの健康情報系番組を観ると「××がカラダに良いから食べるんだ〜」と言ったかと思えば、「△△△が良いんだ〜」とかとか、イチイチ言うたびにアイテムが変わってたりするのとか、
2.僕は昔ロックやってたから「へっ!ケンコーなんて気にしてて、ステージでガナリ立てられっかよぅお!」とかスタイル気取ってたり(注:ステージでは、大変なスタミナが必要です。結構ロックスターは隠れて自主トレしてたりして・・・)、
とかがあるけれど、やっぱり一番大きかったのは、
3.カラダの研究が進むと、昔の定説が否定されることが、と〜っても多い。
というのに尽きる。
僕がその昔つきあっていた女の子は、ダイエットが趣味(ホントです)みたいなヒトで、
メ○ビオ(知ってるかな〜)とか、リンゴダイエットとかとかとか、
ともかく色んな本とかを読んでは、それを実践して、0.5kg減ったとか増えたとか言って、一喜一憂していた。
計画成功?したときとかは、何と3日間で5kgぐらい(←ヒトのことだから、正確に憶えていない)減らしてた。
流石にこのときは数字だけじゃなくて、僕の目にも減った感じがとれた。
(しかし無茶苦茶には変わりないわな〜)
しかし、ダイエットの定説はあっけなく変わってしまって、当時彼女が一生懸命読んでいたダイエット・ハウツー本(主にタレントさんとかの、我流の手記が多かった。最近全然そういうのを見ないな〜)の情報は覆され、
上に書いてた、彼女がやってた、主として食事・カロリー制限タイプのダイエット法は、
リバウンドを生むので、結果的に有効じゃない
・・・という新常識の時代になった。
しかしまあ、これはちょっと残酷過ぎる。
その彼女は、ダイエット(カロリー制限)しては元に戻り、
そんでもってまたダイエット(表面的には違うけれど、結局はカロリー制限)〜というのを繰り返して、リバウンドの末に、
結局は筋肉ヤセして、基礎代謝が下がった挙句、脂肪細胞ばっか増えて、逆にリバウンド+肥満しやすい体質に向うようなことを、ワザワザ自分で苦労してやってたことになる。ああっ!!
(↑どうして僕はこんなに詳しいんだ?トホホ)。
それにその頃は「体脂肪率」という考え方とか、
それこそ「体脂肪計」何てそんなに普及してなかったから、
ひょっとしたら今頃は自律神経とかホルモンバランスとかとかを崩してたりするかもしれない。う〜ん酷い(かも)・・・。
こういうの以外にも割と最近では、
「毎日運動しないと、週に数回程度じゃ運動したことにならない」とか、
「鶏卵を食べると悪玉コレステロールが増える」とかとか、
「マーガリンはバターよりもカラダに良い」
とかとかいうのが否定されたり、
はたまた今度は、
「チョコレートに含まれているカカオ成分は虫歯を防ぐ」
とかいう凄まじい説まである。これには流石にびっくりした。
この調子でいくと、
「喫煙は不妊治療に役立つ」とか
「飲酒は発癌防止になる」とか、
しまいには「適度な放射線が脳の活動を促進させる」
・・・・・・などという凄い説が出てくるかもしらん。
(↑流石にそれは無いか?)
何だか例によってやたら長い説明になってしまったけど、
そういう按配なので、健康情報の類にはあまり興味を持ってなかった。
しかしまあ、いざ自分がヘロヘロにへばってくると、
何とか反則ワザ(失礼)を使ってでも、体力を維持する気になってくる(←極めて柔軟かつ他力な発想)。
で、最近は、自分で実験して露骨如実な効果があった機能性食品(サプリメントですな)を摂るようにしてる。
あとはあんまり病気っぽい気分になると嫌なので、
守るより攻めという感じで、運動第一(タテマエ)でやっている。
そういうわけで、最近はようやく復調してきた感じで、
今年もバリバリと、攻めのデザインで、世のTシャツフリークにヒザカックンを入れたいと思っている
(注:要するに、良いデザインをしたいということです^^;)。
※ 最近のそれ系バラエティー番組のスタンダード演出にならって、やたらに文字を大きくしたり、色をつけたりしてみました。
| ■ いわゆるひとつの。 |
| Date: 2001年10月27日 (土) |
えー、いきなりサーチエンジンか何かで、トップページじゃなく、この日記に直接リンクしてきた方は、知らないかもしれないけれど、実は当店は、
「アグレッシブにニッポンをゴッタ煮デザインする、“和モノTシャツ おみやげ日本(ニッポン)”だったりする。
店の性質については、こっちをご覧いただくとして、ともかく、“おみやげニッポン”という名前のTシャツ店なのです。今後ともヨロシクです。
で、前フリは適当にしておいて、今回のお題は、うちの「屋号(商号)=おみやげニッポン」のほうじゃなくて、「事業者名=合資会社テクノデリック」のこと。
で、ちょい解説モードだけれど、「屋号(商号)」というのは、お客様に向けた、要するに店の看板名のことで、「事業者名」というのは、公的機関(国、地方自治体、税務署)とかに出している、ちょいカタめの名前。
例えば、僕の好きな“モスバーガー”というチェーンの呼び方は、「屋号」で、“モスフードサービス株式会社”というのが、「事業者名」になる。
“おみやげ日本(ニッポン)”という、妙な名前の由来は、この下の方で、何回も書いてるので、今回は省略するけれど、“合資会社 テクノデリック”という名前も、例によって、元ネタがある。
ボク的には、この名前の由来は、今更説明することもないでしょ〜というくらいの、馴染み深いところにあるんだけれど、どうも例によって、これが中々通じなかったりする。
80年代初めを、テクノ・ポップというハヤリの中で過ごした僕には、ヒジョーにサビシイ限りだったりする。
(↑ちなみに、こういう文章とゆーか、文体は、“昭和軽薄体”と言う。ちょい豆知識^^)。
“テクノデリック”というのは、1978〜1983年に活動していた、ニッポンの、というか世界の偉大なテクノポップ・バンドである、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)が、名盤“BGM”の次に出した、これも名盤中の名盤、傑作中の傑作アルバムの名前、“(いわゆるひとつの〜)テクノデリック”に敬意を表しつつ、着けた名前である、というワケなのである。
というワケで、かなり自分的には、メジャーなカタカナを持ってきたつもりだったけれども、これがどうもそうじゃ無いらしく、日常業務で困ることがあったりする。
例えば、大規模電気店とかで、消耗品とかを買う。
で当然、店員さんに領収書を書いてもらうことになるけれども、
僕:(荷物をドカっとレジに置いて)すみません、領収書お願いします。あと、ポイントカードは使いませんから。
店員さん:(笑顔・梱包しつつ)ありがとうございます!それでは合計は、19,980x1.05=¥20,979になります。
僕:(小銭を揃えつつ、極力ハッキリと)えーと、ハイ。それで宛名は、“テクノデリック”でお願いします。
店員さん:はい、ちょうどお預かりいたします(宛名を書き始める)。えー、お宛名はテクノデビックでよろしいですね。
僕:(さらにハッキリと、俺は今、NHKのアナウンサーだ!!!)いいえ、(ここで息を吸いこんで)“テクノデリック”です。
店員さん:(ボールペンをクルクルしつつ)テクノデニックですか?
僕:(忍耐トイフモノハ美徳ナノダ。ナノダナノダ・・・)いや、(口と舌がカクカク)“テクノデリック”です。
店員さん:(斜め下45度を見つつ)すみませんが、直接こちら(宛名欄)に書いて下さい。
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・・・えー、僕は割とココロが広いので(←どこがだ)、こんな感じで大体流れるんだけれど、テクノ・ポップというジャンルの超メジャータイトルが、名詞として、全然普及していないらしいのは、まあ、何というか、非常に遺憾に感じたりする。
“テクノ”は、“テクノポップ”とは別の、ダンスミュージックのジャンルとして、もう認知されてるんで、問題無いらしい。
多分、“テクノプランニング”とか、“テクノコーポレーション”とかなら、全然こういう不便もないんだろうと思う。
また、同じ“レコードのタイトル”というコンセプトでも、
“ホワイト・アルバム”とか、“スマイル”とか、“ホテル・カリフォルニア”(どういう会社だ)とか、“エレクトリック・レディランド”とか(多分OK?)、“レット・イット・ブリード”とか(ちょっと苦しいか?)、“勝訴ストリップ”とか(た、多分・・・)、“原子心母”(・・・)とかとかなら、レジ係の方も、苦労しないで済んだのかもしれない。
“テクノデリック”というのは、要するに、“サイケデリック”というコトバ(これは有名でしょう)のモジリで、サイケデリックが「サイケな美学の極」を意味してるように、テクノデリックは「テクノな美学の極」を意味してる。
肝心の音楽も、ちゃんと造語どおりの傑作だし、あの頃(20年前)は、レコード店でも無茶苦茶目立つところで売ってたし、今でもYMO/テクノポップ系のHPなんて、ほんとうに世界中に沢山ある。
だから!(←力入れてます)こういう社名にした・・・のだったけれども・・・う〜ん^^;
思えば、自分のバンド(“ラリ卓球”という、サイケ調パンクバンドです)やってた頃も、ブッキングとか売り込みのときに、イロイロ間違いとかがあったなあ・・・“ナニ卓球”とかいうので、プログラムに出ちゃったりしてね。
まあでも、それはそれで結構イカレたバンド名で良かったかも(^^)(←こういう発想をしてるから、イロイロ問題が起こる)
・・・ひょっとして、僕本人が結構(かなり?)○○○だからか?
(ひょっとしてないかも・・・)
注)○○○の中は、各人で想像してください。う〜。
| ■ 多忙の構造とかなんとか |
| Date: 2001年09月06日 (木) |
まだ全然おわってないけれど、今年は凄かった。
一時、トップページや注文後の御礼ページにもデカデカと書いていたんで、更に振りかえって観る必要も無いとは思うけれど(←とかいって書いてますが^^;)、
ともかく、今年の春からの注文の大波は、凄まじいものがあった。
以前に、大大先輩のショップオーナー様に、『ホンキになったら、2年目からは(売上が)3倍になる』と言われて、まあ、そのときは「ホンマかいな」と思ったけれども、
まあ、先人の言うことは流石で、その「ホンマかいな」とか思ってた僕を、嘲笑うみたいに、春先から、ドドドドドと昨年の最盛期並の注文集中が起こった。
当然ながら、売れるのは嬉しいし、お客様みなさまひとりひとりに、大感謝しております。
ほんとうに、ありがとうございました、
これからもどうぞご愛顧のほど、よろしくお願いいたします<(_ _)>
・・・と、思わずシメてどうする!
えー、久々に日記を書いたと思ったら、相変わらず中々本題に入らない、ボケた僕でありますが、ともかく、多忙だった(←しつこい)。
ここでちょっと解説モードなんだけれど、ネットショップの内部でどういうシゴトが行われているかというと、通常、
1.商品を仕入れる
2.ページを作る・更新する
3.お客様からの注文を受けて、一つひとつ受注確認メールを送る
4.梱包・発送作業をする
5.発送をメールなどでお客様にお知らせする
6.帳簿・記帳などの事務処理をする(→1にもどる)
・・・というような感じなんだけれど、うちの商品は、プリント作業がほぼ完全な受注生産なので、こういう感じ(↓)になって、上よりも、3つほどステップが多い。
1.ベースの生地を仕入れる
2.ページを作る・更新する
3.お客様からの注文を受けて、一つひとつ受注確認メールを送る
4.プリントデザインの出力(場合によって加工アリ)
5.デザインのトリミング(大方が手作業)
6.生地にプリント(手作業。工場発注なし)
7.梱包・発送作業をする
8.発送をメールなどでお客様にお知らせする
9.帳簿・記帳などの事務処理をする(→1にもどる)
で、これはどのお店にも言えることだけれども、この流れが一つでも滞ると、ヒューマンエラー(凡ミスともいう・・・)の確率がドーンと上がり、商品の納期がガタガタに遅れはじめる。
そういうコトにならないため、どうするかというと、昔(バブル)の発想だったら、安易にボコボコと人(バイト)を入れて〜という方向にいくんだろうけれども、この商売では、そう簡単に人員を増やすわけにいかない。
安易に増員をすると、「給料を出していくために、さらに売上を伸ばす→さらに多忙になる→また増員する・・・」というように、悪夢のイタチごっこが始まってしまう。
さらに、一番重要で、僕が責任を持ってやっている、デザイン部分や、制作のノウハウは、これはかなり僕の勘にたよってやっているので、雇ってすぐに手伝ってもらうわけにいかない。
このあたりは、今のところ結局は僕がやるしかないので、考え無しにヒトを増やしても、全く事態は改善しない。
こういう問題を、先輩店さまなどはどうしているのかというと、いわゆるIT化というやつで、ショッピングカートと連携した、データベースの徹底活用と、ペーパーレス化で、全体の処理効率を上げるようにしている。
(配送指定や決済方法を少なくしてしまって、流れをまとめてしまうのも、一つの方法になっている。そういう意味では、クレジットカード決済は便利ですな)
しかしまた、どうしたって、最終的に人間がやらなきゃならない部分が残ってしまうのも事実。
例えば、検品とか梱包、うちならばさらに制作全般(チャートでいうと4〜6ですな)が入ってくる。
ここらへんは、はっきり言ってもう、寝る時間を削るか、ともかく修練して、作業スピードを上げるかしかない。
あっちゃこっちゃで言われるところによると、今世紀の日本の主力産業は、ロボットらしいので、そこらへんに期待をかけるというテもあるけれど、待ってたらうちがツブれてしまうので(ははは・・・)、当然ロボでなく、自分に活躍してもらうしかない。
まあ、そんなわけで、法人化とか色々欲張ったせいで、1〜2月あたりにやるはずだった、合理化への準備も遅れてしまって、今年はともかく戦争状態な日々が続いてしまった。
(最近もまだまだ準備不足を感じるけれど・・・)
しかし、こういうふうに書いていると、自分だけ大変な思いをしているように聞こえてしまうかもしれませんが、
僕は、お客様に、どんなときでも、いつもと同様のサービスを提供したいと思っているし、
多忙期に、お待たせをしてしまったお客様には、ほんとうに申し訳ないと思っています。
そんなわけで大悔恨と、大反省の田村でありますが、気をとりなおして、秋からも、ともかく合理化路線を追求して、やってこうと思っております。
(どっかの国の首相には負けませんわ。ウフフ^^)
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あ、それから、ありがたくも、この駄文を読んでいただいている方の中には、営業担当の方もいらっしゃるかもしれませんが、
アタリマエですが、“技術サポート”とか、“アドバイス〜”とかとか、“○○の代行〜”とかの、非常にお節介なDM(スパムメールとも言いますね〜)は要りませんので、送信するのは止めておいてください。
別に怒りゃしませんが、あんまり良い印象を僕は持たないので、きっと無意味だと思いますデス。うんうん。
ちょっと蛇足だった久々の店主田村でした。
| ■ 久々々 新作パーティー・ジョーク2 |
| Date: 2001年06月14日 (木) |
お題:ヘッダー広告
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あなたのビジネスに役立つ、DM用メールアドレスの
データ100万件以上を、有償でご利用いただけます!
--○○国政府--
●◆●◆●◆●◆●◆●◆●◆●◆●◆●◆●◆●
「何これ?(↑)」
「い、いや、単なる冗談ですってば^^;」
| ■ 久々々 新作パーティー・ジョーク |
| Date: 2001年06月14日 (木) |
お題:メールマガジン
「ねえ、コイズミって人からメール来てるわよ。知ってる?」
「さあ・・・最近スパムが多いからねえ・・・とりあえず削除しといて」
| ■ (久々)デザインねたばらし2 |
| Date: 2001年05月14日 (月) |
えー、久しぶりに、デザインのネタばらし。
えー、前回は天海鳥居の話だったけれど、その後、99年の秋にうちはめでたく開店しました。
実は今日、各デザインの発表歴を見てみたんだけれども、開店してから、今(これを書いてる、2001年5月)までで、実にうちのデザイン全部の2/3以上を発表してる。
で、まあ目立ったというか、我ながら驚いたのは、デザインのタッチだけじゃなく、テーマ自体が、ものすごく変化していってる。
今までのデザインの流れを見てみると、こんな感じに区分できる。
(一部記憶違いの可能性高し。ご愛嬌)
●第1期・・・開店前に制作したもの〜99年末までの2か月間
天海鳥居、荒御魂、如来・菩薩印相、八咫烏、荒破吐神、大数などなど
●第2期・・・00年1月〜4月ごろ
螺旋、反核鶴、基盤列島、歪み、鶯、流転、梅マル、金魚、東京桜など
●第3期・・・00年5月〜9月ごろ
東京フォールアウト、業火、獄卒、七星天道紋、卓球の夏、大阪フォールアウト、文具アカネなど
●第4期・・・00年10月〜現在(01年5月初旬)
鎌鼬、陰陽眼、護摩人参、九尾、葱、昭和浪人・・・
・・・というわけで、こうやって書くと、改めて自分の変化(節操のなさか?)に気がつく。
で、前回の「天海鳥居」も受けて、今回は上の第1期について思い出して書いていこうと思う。
ともかく、このあたりでは、特に「日本」をどうやって自分流に絵にしていくか、以前書いたところの“エキゾチシズム”にこだわって、ずいぶん苦労していた。
まず浅草ノリとか、大企業のロゴのもじりとか、何よりも伝統芸の焼きなおしは、したくなかった。
それでもって宗教とか、イデオロギーとかを極力排除していくわけだから、今考えると、随分デザイン・フィールドを締めつけていたような気がする。
つまりは「日本的→浮世絵、日本画、侍、忍者、歌舞伎」とかの、「維新前に先人が既に完成させた流儀」というのを、絶対にやりたくない、ロック聴いて、ゲームやって、歩きながら音楽聴いて、ボロボロのジーンズで年中過ごす、「僕=自然な今の日本人」から出てくるところの、「愛憎あるニッポン」というのを、何とかして絵にしたかった。
そこらへんの過剰な意地が、この頃のデザインに出てる。
えーと、つまり、こういう風にやっていくと、デザインのテーマが段々なくなっていって、無茶苦茶しんどくなる。
どうしてか?実は僕がさっき書いた、ロックとかジーンズとかは、全部オリジンは外国、大体がTシャツだってアメリカ発祥だ。
そしてどっちかというと、大方の日本人同様、僕はそういう生活とか文化を割と愛している(どうでもいいけど、好物はスパゲティーです^^)。
ちなみに僕は、言語から食生活まで、日本は色んな意味で、昔から混血性が高い文化の国だったと思っている。「島国だから孤立した文化になった」っていうのは、僕には賛成できない考えだ。
むしろ周囲が海だからこそ、自由な流入があったのでは?と思っている。
(こういうことを書いていると更にこの日記が長くなるので、ここいらで止めておく)
ところで、そうすると我ながら大きな矛盾の中でシゴトをしなきゃならなくなる。
つまり、「純ニッポン製」なもので、デザイン化できそうなテーマを、現在の日本から探し出していくと、先のような理由で、あっという間にネタ切れを起こしてしまうのだ。
いやー、これは参った。参りましたよ、ホントに。
だから(?)、そういう意味では僕は厳密にはルール違反をやってる。
例えば勾玉は(諸説あるけれど)朝鮮半島にも存在するし、どちらが起源かは未だに確定していない。
八咫烏は神話に出てくるけれど、民俗学的には、中国の「太陽に近づき過ぎて焼けてしまった三本足の鳥」という伝承がベースになっている〜という説がある。
(ちなみに日本サッカー協会ではこっちを採用しているらしい)
「時」で使っている不定時法の円なんて、モロ中国の五行思想から持ってきたものだし、仏教だってインドから姿を変えつつ渡来した哲学だ。
「大数」で出てくる単位の呼び名の中にも、インドの呼び方にそのまま漢字を当てたものが出てくる。
そんなわけで、僕は店をはじめて、今まで以上に「日本とは何ぞや?」という、思いっきり身の程知らずなテーマと向き合わなきゃならなくなった。
(ああ!絶体絶命!!!)そういうわけで、色々と悩みの日々が続いたけれど、現代テーマで西新宿の写真を加工してるうちに、「歪み」を偶然作ってしまったときに、何だか自分でつくってしまった、窮屈なオリから出られて、楽になったような感じがした。
確かにこのデザインは、当店でも一番ダークなテイストのものだと思う。
歪んだビルや、わざと残した電線はもちろん、空に見える黒いモノはイっちゃってるし、「大丈夫?」という文字は、作った自分のことを心配してツッコミたくなる(ははは・・・)。
しかし、これは僕が高校を出て上京してきてから、今も持っている西新宿のイメージの一つ(注:全部じゃありません)だし、あっちこっち貧乏旅行した挙句に再確認した、まさしく世界に一つしかない、
「コトバで言い表せない緊張をいつも持っている、神経症的な『西新宿』という街の姿」
だった。
上手く書けないけれど、このデザインで、僕は「ニッポンをテーマにデザインする」ということと、「自分のやりたいデザインをする」ということを、気持ちで両立することができたんだと思う。
まあ、ともかくゴッタ煮な状態のこの国で、自分はそれなりに文化も生活も楽しんでいるわけだし、そういう自分が表現したいテーマだって、「日本唯一」じゃないかもしれないけれど、ゴロゴロ転がっているし、
普通に日本に暮らす分には、何とも思わないけれど、良く考えると日本でしか見られないものが、そこらにいくらでもある。
僕の愛する唄たちも、「ポップス」→「和製ロック・フォーク」→「ニューミュージック」→「J-POP」とか、時代とか雰囲気で色々で名前が変わったけれども、結局は「日本人が歌ってる、日本語中心の、8か16ビートの歌」ということじゃ、変わらない。
僕は自分の好きな、このゴチャゴチャしたニッポンを、好きなように、そして冗談もたっぷり入れて、Tシャツにしていけば良いのだ。これでいいのだ!
・・・というような図々しい開き直りとともに、次のステージがはじまり、気がついたら、ピンポン玉人間と、カマキリが卓球をやってる、妙なデザインにたどりついてた。
そういうわけで、ふざけていない、今でもマジメな「おみやげニッポン」のデザインネタばらしは、次回につづくのでした。
(つづきます^^)
| ■ SPAMで得をするヒトたち |
| Date: 2001年03月21日 (水) |
久々。
今回はネット関連の話題。
いきなり話が飛ぶけれども、このあいだ府中から家までタクシーに乗った。
そしたら、運転手の方のシートの後ろ、つまりは僕の正面に、運転手さんのプロフィールが書いてあった。
なるほど、この世界もイロイロと細かいところにもアイディアを配るようにしているのだなフムフムと思って眺めたら、何と、年齢、出身地の下に、
趣味:ダイビング、アウトドアと書いてあった。
いや別に趣味自体が珍しいとか(ちっとも珍しくない)、そういうわけじゃなくて、ダイビング・フリーク(想像)と、運転手さんとの間で、ここから発展する車内での会話について想像をして、何だか愉快になってしまった。
【例】
お客「おーっ、おじさん潜るの?」
運転手さん「ええ、そりゃもう、それしか趣味が無いもんで」
お客「それだけで充分だよ。いや俺も潜るんだけどさ、おじさんはどこらへんでいつも潜ってるの?」
運転手さん「そうですね・・・今の時期だと××あたりの海とか・・・この間の休みにも潜ったんですよ」
お客「ええ?そうなの、俺も最近はしょっちゅうあっちで潜ってるんだよ、この間もさ・・・(以下彼の潜水談、15分間)」
運転手さん「うんうん、そうだよね(←もはや口調も変化)俺の場合、タンクが・・・(以下運転手さんの潜水談、20分間)」
・・・なんつって、ここから延々と二人のダイビング話が展開されたかもしれない(注:上の会話はフィクションです)。
まあ確かに、僕の場合タクシーに乗った途端に、大して好きでないプロ野球球団とか、政党の話を、運転手さんの趣味で延々とされたら(結構あるんだな、これが^^;)、メゲるとこまでは行かなくても、あまり欲しくもないストレスを溜めてしまうこともあるかもしれない。
でも逆にポジティブに考えれば、自分と違う主義主張信条のヒトと身近に話を交える機会が持てて、それはそれで、良いことなのだ、とも思う。
しかしまあそれは、タクシーに乗っている時間が(ビンボー人の)僕は、割合短いから気楽に構えてられることで、実際に日々頻繁かつ長時間、都心の渋滞地域でタクシーを利用されている方にとっては、結構しんどい問題なのかもしれない。
(自慢癖の饒舌家のお客さんを長時間乗せる運転手さんも、同じように大変だと思う)。
こういうふうに、あまり大した話題も持たず、タクシーでももっぱら聞き役の僕だけれども、こういうシゴト(ネットショップね)を始めてからは、色々と気を配って、これでも世間の動向なんかを知るように努めている(←本当かあ?)。
けれども、以前の僕は、割とどころでなくかなり情報を収拾しないで生きるタイプの人間だった。
で、その結果、「ボク、音楽やってま〜す」などと言いつつ、新譜情報なんかは全く知らず(大抵いつも知人に教えてもらってた)、雑誌とか買っても、読むのは20%以下(お金を大切にしましょう)、日本の首相が変わってたことに気づかないで、次の次の政権に移ってた(・・・・・・)などということも多々あった。
そういう僕でも、自分の知りたいジャンルのことは割と徹底して知りたい。そういう意味では凝り性だと言えるかもしれない。
しかしだけれど、常時例えば新聞・雑誌なんかを上段見出しから、下段の広告までビッチリと読んで、日常的に知識を貯えたり、知りたい情報を見つけ出してチェックしておくのは、あまりに(面倒くさがりの僕には^_^)とてもとても辛いことだ。
だから、そんな僕が、97年ごろからインターネットを始めたことは、人生においてハンパじゃない大事件だった。
何しろサーチエンジンを使えば、世間に溢れまくっている情報を、草の根のレベルの発言も含めてひろいあげることが出来るんだから、こんなに便利なことはない。
もちろんネットサーフィンをしてれば、(僕にとっては)あまり興味のないような情報や、タクシーなんかではとても出会えそうに無いネガティヴな発想や、悪意に満ちた文章を読むこともある。
でもまあそういうのは、自分が見なければいい、読まなければいい、つまりは取捨選択可能な情報で、逆には、もしも、様々な主義主張信条に自分から接したいときは、そういう機会をも得ることができる。
だから、ネットの世界っていうのは、基本的には、自分の意思決定で泳いでいける海だと思ってた。最近までは。
で、お題に戻るわけだけれど、いわゆるSPAM(受け手が欲していない、送り手の一方的意思によって、送信・ばらまかれるメール)は、その97年ごろには、ほとんど見かけることがなかった。
思い出すに、SPAMが盛んになってきたのは一昨年くらいで、いわゆるネットベンチャーがどんどん台頭していった頃とリンクしてるように思う。
でも、最初のうちは週に1通、そしてあっという間に毎日、そして最近では日に数十〜十数通のメールが来るようになった。
SPAMに対しての、僕の態度は最初から一貫していて、基本は無視(受信後に即削除)、ひどいものは、受信せずに消去、というようにしている。
まあ大体、一方的に送り手が送っているのだから、こちらが興味が無ければ返信する必要もないし、無視し続けた挙句に電話がかかってきても、同じようにお断りをするだけである。
(電話代と人件費を無駄遣いしている方たちには、無駄遣いするだけの事情があるのかもしれないけれど)。
しかしその不快さよりも、最近は疑問のほうが大きくなってきた。
まず、これだけ僕がSPAMを無視しつづけているように、おそらくは(調べたことがないのでわからないけれども)僕同様に、「即削除」をしているヒトたちは、結構多いのではないか?
でもって、そういう人たちにとって、さらにしつこく送られるSPAMメールは、「全く問答無用に信用できないメール」に、ますますなって行くのでは?
それからさらに、この調子でどんどんSPAMの総量が増えていったら(今もうすでにインフレーションを起こしているのかも知れないけれど)、ひとつひとつのSPAMの価値、注目度はどんどん下がっていって、出せば出すほど目立たなくなってしまうのではあるまいか???
こうやって書いてきて、僕がそういう商売のしかたをしている方たちに、個人的にネガティヴな感情を持っていると思われるかもしれない。
確かに、とても好意的にはなれないけれども、基本的にはあくまでも、商売に対する考え方の違い、もしくその人にSPAMを送信することを命じた会社さんとの、戦略の違いに過ぎないと思っている。
アメリカでは既にSPAMに対しての規制法案が動いているようだし、腰の重いどっかの国の政府も、これから何らかの対策をとっていくかもしれない。
(どうせいたちごっこなのかもしれないけど)
さて、今回は(相変わらずまとまってないけど)そろそろおしまいにしようと思うけれど、「御社のホームページを拝見いたしまして〜」というメール(もしくは電話)をしてくる方たちは、この文章を読んでいただけたかな〜(^^)。
ちゃんとボクはご意見、ご感想をお聞きしちゃいますからね〜。
お答えをご用意していてくださいね。ウフフ。